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ドックです。
今日、阪急梅田駅近くのコンビニで買い物をしていたのですが、店員さ
んが断続的に、「今日から秋の『ぎょうらく』セール始まりました〜」と
連呼されておりました。
聞くとはなしに聞き流しておりまして、特段意味も何も考えなかったの
ですが、ふと目を上げて貼り紙を見ますと、
「秋の行楽セール」
と書いてあるではあーりませんか。
・・・こういう時にやっぱり「ちょっとちょっと」と指摘してあげるべ
きものなんですかねえ。
結局そういうこともできず、何度目かの「ぎょうらくセール始まりまし
た〜」の声を背中に受けつつ、仁丹を噛み締めたような顔で店を後にしま
した私です・・・。
さて感想シリーズですが、「僕の初恋を君に捧ぐ」。
原作があるそうですから、決して二匹目のドジョウを狙って生まれた作
品ではないのでしょうが、結果としては露骨に「世界の中心〜」の構図が
透けて見える作品になっています。
「世界の中心〜」では興行的成功を鑑みて、病魔に潰える少年と少女の
恋を過去のものとし、後年成長した主人公と別の女性(=大人の著名俳優)
との現在の恋愛も描いて二重括弧の構造になっていたのですが、今作では
シンプルに少年と少女の恋の話になっております。
で、「世界の中心〜」の死に至る病が白血病であったのに対し、今作で
は心臓病でありまして、その病魔に蝕まれているのは「世界の中心〜」の
女性ではなく男性というところが差異と言えるでしょうか。
で、主題歌が平井堅さんと・・・。
こんな二番煎じが当たるのかねえ、と思っていましたら、どうも当たっ
ているらしいですね・・・日本映画の観客層に暗澹たる気持ちを持ってし
まいます・・・。
「世界の中心〜」も難病ものではあったのですが、「心に閉じ込めてい
た男の感傷」という別の角度からの視点もあり、むしろ私はそちらにシン
パシイを感じていたものでした。
今回は難病ものオンリーですからねえ。
主演のお二人のみずみずしさは評価できるものの、どうしてこう難病も
のを映画会社は作りたがり、観客は観たがるのか・・・。
以前にもこちらで論考をした覚えがあるので詳しくは書きませんが、要
はストーリー創造能力の欠如と土壌の喪失(経済的格差はあっても、日本
の現代社会に「ロミオとジュリエット」のような対立構造や、「ローマの
休日」のような身分差がない)がまずあります。
結果として安易な格差・身分差として「健常者・難病者」にすがりつく
わけで、かつ「健常者・難病者」は「別れたくはない別れ」を付随してい
ますから、その死が自動的に映画のクライマックスになり得るのでしょう。
私個人は映画会社よりも観客の側の方に問題があるように思いますねえ。
だって映画会社がそんなダメな映画を作れば、観ないか批判すればいい
わけで・・・。
それを「ふたりの純愛に感動しました!」てな評判に満ち満ちてしまう
と、そんな思考停止の映画ばかりが生まれてくるわけです。
結局いまの観客は、そのような映画を育てるとか、あるいは一個の作品
として真摯に向き合うという姿勢はなく、一時的に泣ければいい・・・と
いう程度なのでしょう。それで映画を観たぁ、という感覚を味わえればい
い、と。
しかしそんな、あたかも劇場で売られているポップコーンと同等程度に
作品が扱われるなんて・・・悲しくなってしまうわけです。
ここで「わたし出すわ」への追記。
この映画に1シーンだけ、ホージーこと林剛史さんが登場されます。
意外な登場シーンでありますので、あえてここではそれを記しませんが、
わずか1シーンで「らしさ」を表現してみせるその演技の巧さに舌を巻き
ました。
必見です!
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