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銀河鉄道(1)

 投稿者:ドック  投稿日:2009年11月 2日(月)02時52分39秒
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   ドックです。
 10月が終わり11月がやってまいりました。
 振り返れば、2009年10月は、がんば会にとって激動の1か月では
なかったかと思います。
 いろんなことがありました・・・。

 その諸準備・残務整理などもあり、ずーっと書き込みができていません
でしたが、概ねそれも終局に向かいつつありますので、またゆるゆると綴
ってみたいと思います。
 ただ、如実にモノを書く体力が落ちている感はあります・・・それこそ
10年も昔は毎日のようにがんば掲示板に書き込みもできましたし、5年
前くらいはイベントごとにレポートを書けたものですが、もうとてもとて
も・・・。
 体力だけでなく、時間もないのもあるんですけどね・・・30歳前後と、
35歳前後と、40歳手前では、仕事における質や分量において重く大き
くなってきているかと。

 まあ、前置きはさておいて、いろいろ書きたいことも溜まっているので
すが、とりあえず今日のことを書いておきますか。
 先週TACさんには雑談の中で話していたのですが(しかし学校名を間
違っていたのですが)、岡山大学の鹿田キャンパス(医学部のようです)
の学園祭に行ってまいりました。
 上原美優さんのトークショーがあると聞いておりまして。
 財政的に厳しいので、珍しく在来線のみで岡山へと参りましたが、この
ルート、20年ぶりの体験ながら、その頃よりずいぶんと楽に移動できる
ようになったと思いますね。
 往路は新快速で相生まで出て、そこから普通列車で岡山へ。復路は同様
に相生へ出、相生から姫路行きで網干へ行き、網干始発の新快速で大阪へ
帰るという道程でしたが、ぜんぶ座って乗車できましたしね。
 3時間足らずと、新幹線よりは3倍かかってしまいますが、料金は半分
で済みますし。

 トークショーですが、事前に電話で確認したところ、当日券は開場の1
時間前に発売とのこと。
 しかし学生の実行委員会によるものだからこれはわからんぞ、と思って
早めに入ろうとしたのですが、岡山駅下の一番街の白十字で高原ブッセな
ど買い付けておりましたら、結局それくらいの時間になってしまいました。
 案の定、時間前から普通に売り出してるし・・・。
 番号は387でした・・・え?そんなに入ってるの?と思いましたが、
実際には100人ほどでしたね。
 招待で配ったり、ノルマで配ってたりするから、番号がそのあたりまで
いってるのでしょうかね。
 ただ、整理番号順の入場と言いながら、なんとなくうやむやになってし
まい、するすると雰囲気での入場となって、結局かなり良い席で観ること
ができました。

 岡山大学に行くことは手紙で知らせておりましたせいかどうか、トーク
ショーの最中、なんとなく美優さんの目が客席を追いかけているような気
がいたしました。
 まあ、いつもなら「気のせい」で終わってしまう話なのですが、実際に
途中で気づかれて、向こうからわぁーって手を振っていただいて。
 のみならず、司会の方の「岡山県外からの参加の方は?」という客席へ
の呼びかけに、私は手も挙げずにじっと座っていたのですが、美優さんの
方から、「あそこにいる●●●●なんか、全国どこへでも来てくれて、番
組のおたよりコーナーにも送ってくれて、事務所へも毎日手紙をくれるん
です(←毎日は送ってないって)」などと解説していただく始末。
 サワサワする客席に、思わず電熱器のように赤くなってしまいました。
 先日惜しくも終了したラジオでも、「●●●●、ほんとにすごいんです
よ。イベントでチョー遠くにいても、『あー!●●●●!』って言ってし
まうんですよ。もう親戚みたいな感じ」と放送で語っていただいて。
 次長課長の河本さんが、「●●●●って、実在するの?」なんて呆れて
ましたが。ほとんど美優さんの空想の産物みたいに思われてました(笑)。
 マネージャーの方にも会釈いただくなど、いろいろと認識はいただいて
いるようです。

 そんなこんなで、楽しいひとときでした。
 上原美優さんとは、握手外交からの交流スタートとしては、もっとも成
功しているケースだと思いますね。
 がんば会活動のプロセスとは少々異なるものの、10月を振り返ったり
してもつくづく思うのですが、「奇跡とは軌跡から生まれるもの」なんだ
なあ・・・と。
 打ち出の小槌のように奇跡がぽこぽこと生み出されるものではなく、棚
からぼた餅のようにいきなり現れるものでもなく、いろいろな積み重ねの
末に、僥倖のように天佑のように得られるものなのだなあ、と思います。
 努力し続けることで、奇跡の扉は開くと言いますかねえ・・・。
 こと人間関係の扉って、開く努力ももちろんですが(ご縁もあるでしょ
うが)、開き続ける努力も必要だと思うんです。
 特に芸能関係・映画関係の扉って、私たちの世界に普通には開いていな
いものじゃないですか。
 ともすればまた閉じてしまって、もう容易に開かなくなってしまうかも
知れません。
 個人で言えば上原美優さんとこういう交流ができていることは幸運であ
り幸福に感じないといけないなあ、と思いますし、がんば会単位で言うと、
いま開いている扉に慢心していてはいけないなあと、次の10年に向けて
戒めのように考えていたりします。

 2006年の「幸福のスイッチ」のレポートの際にちょいと書きました
が、「がんば会とは何ぞや?」と。
 鑑賞したり批評したりする映画サークルとも、作品を創る自主映画団体
とも違うし、ましてや特定の俳優さんのファンクラブでもない・・・自分
たちの愛する映画を応援する志士かな、なんてやりとりがあったのを記憶
していますが、確かにそんな感じはあります。
 ちょうど倒幕の具体的政治力・軍事力を有する土佐藩といった単位や存
在ではないながらも、独自のスタンスでその単位・存在を応援する、海援
隊や陸援隊のような立場にはありますね。
 海援隊が海の側から、すなわち海軍的な「援」を行う存在、陸援隊が陸
軍的な「援」を行う存在であったように、がんば会の最大の武器であり、
かつ映画業界に都市伝説のように伝わっている魅力(圧力?)も、独特の
「援」であるかと思います。
 その「援」の詳述はここでは避けるとして、「援」が「縁」になったこ
とはまぎれもない事実でしょうし、生まれた「縁」が更なる「縁」を呼ん
だのも10年の忘れてはいけない歴史です。
 「援」を忘れれば「縁」を失い、がんば会は丸裸になってしまう・・・
もちろんそれぞれのペースやかたちを尊重しながらも、がんば会全体とし
てこの「援」と「縁」を大切に思う機運を維持できるのかなあ・・・。
 実はこの点を、いまちょっと案じていたりします。
 がんば会の体が硬くなっている気がするんですよねえ・・・もう少し全
体から活発な意見とか、おなじみでない幹事役の方の登場だとかがあると
嬉しいのだけどなあ・・・と考えるのは、私の繰り言なのかなあ。
 無理強いはがんば会にそぐわないから、このバランスの兼ね合いが難し
いところですね。

 そんなことを思ってみたりする、今宵の夜話でございました。
 
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