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烈火大斬刀(1)

 投稿者:ドック  投稿日:2009年 6月30日(火)03時11分59秒
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   ドックです。
 最近、パチンコのCMで新サイクロンを乗り回す・・・なんてのがありますが、ああいうのを
観ますと、免許のない私ですら、「ああ、新サイクロン乗りたいなあ」と切に思いますね。
 あのCMの出演依頼があれば、受けてみたいほどに、世代人としては憧れる光景であります。
 CMと言えば、こないだ偶然電器店で観かけたのみで、まだ現物をきちんと拝見できていない
のですが、家庭教師のトライは「特捜最前線」を用いたCMを流しておりますな。
 まあ、リアルタイムで「特捜最前線」を観ていた親世代を狙っているのでしょうが・・・しか
しCM全般が過去の作品の二次生産の傾向を帯びているのは、ちょっと憂いを感じてしまいます。

 さて、先週末は「ディア・ドクター」と「群青」をTOHOシネマズ西宮OSにて観てまいり
ました。

 「ディア・ドクター」は日曜朝の回でしたが満席でしたねえ。
 「ゆれる」の西川美和監督作品ということもあるのでしょうが、やはり主演の笑福亭鶴瓶さん
が牽引力になっているものと思われます。
 老若男女まんべんなくいた客席ですが、中高年層の割合が比較的高かったですし。

 西川美和監督の作品って、人間描写がなかなか巧みで、セリフや展開などでなかなかにこうは
思いつくまいというシーンが散見されます。
 喫茶店のシーンで香川照之さんが松重豊さんの「それは愛か?」という質問に応えるあのリア
クションなんてね・・・巧いよなあ、って思いますね。

 でまあ、その人間描写って、どちらかと言うとダークなんですよね。
 これをシニカルとかニヒリズムとかいう定義ももちろんできますが、私流に表現するならば、
電車でよっこいしょと座った時に、前にこの席に座っていた人間の生温かさを感じる・・・不快
とまでは言いませんが、むろん快ではない、嫌でもそこにいた人間のナマな存在感を受け取って
しまうような、そういうリアルさを感じさせる作風です。

 で、「ゆれる」もそうでしたが、西川美和監督の作品には意味深なカットが多く含まれます。
 例えば夜の診察室で鶴瓶医師がカルテの上にひっくり返ってもがく虫をじっと見つめるカット
・・・恐らくはこの医師の心象風景でありましょう。
 あるいは井川遥さんがごみ箱から母の投薬された薬の空容器を見つけるシーンでの、溶け流れ
るアイスキャンデー・・・心に沸き起こる疑惑の具象化と言えますね。
 気胸の患者を病院に送り届け、結果を待つ中で、まるで悪夢のように開かれたエレベーターに
乗り込んでしまいそうになる、鶴瓶医師のスローモーションのシーンなどもいいですね。
 手術室前では家族が経過を待っているわけですよ・・・見よう見まねの応急処置をした鶴瓶医
師としては、こればかりではない積もりに積もった心理的ストレスがふきこぼれそうになったの
でしょう。
 このエレベーター、確か下りだったと思うのですが、しかし彼は・・・「上がってしまった」
あるいは「昇らされてしまった」男は「降りられない」・・・。

 その最たるカットと言いますか、私が観ていて「これは・・・?」と引っかかってしまったも
のがありましてね。
 この映画は過去の鶴瓶医師が活躍していた時期と、松重豊さんの刑事が失踪した鶴瓶医師を追
う現在とが、カットバックしながら描写されます。
 種々の鶴瓶医師の行動や言動を、現在の、しかも外野の視点から批評していく構造なわけです
が、村長の笹野高史さんから「あの先生がいないと!」と懇願された車中の松重さん・・・その
背後の月にじわーっとカメラのフォーカスが合っていくわけですよ。
 これがその時点では私にはとらえきれず、映画の中に答えがあるのだろうかとじっと本編を見
つめていたのですが、そこで私はふと、劇中で大きな役割を果たすペンライトに気がつくのです。

 このペンライト、もちろん鶴瓶医師が診察で使う小道具なわけですが、どうもそればかりでは
なく、劇中では大きな役割を担わされています。
 鶴瓶医師が八千草薫さんと親しい関係になるための仕掛けとしても使われ、親しくなった八千
草さんの家をお暇する際には必ず振り回すように使用され、映画のラスト近くでは、わざわざそ
の紛失を鶴瓶医師が親に謝る電話を掛けるシーンまであるのですね。
 そしてそのペンライトは、鶴瓶医師の父がどうやら医者らしく、その父が出身医科大学の何ら
かの記念の際にもらったものだと推察されます・・・鶴瓶医師の名前とその出身医科大学名が刻
み込まれているわけでしてね。

 となれば、これは鶴瓶医師にとって実際の自分ではない名前のペンライトということになりま
す。
 自分の実の名前ではない・・・これを「虚名」と解釈しますと、辞書では面白い定義が載って
いました。「実際以上の名声」と・・・。
 鶴瓶医師が医師であろうとするための虚名の光・・・そのか細い人工の光が、医師を必要とす
る無医村の過疎地域の中で、あたかも月のごとく高みに昇らされ、親しまれ、拝まれている・・
・。
 月にされてしまったペンライトが鶴瓶医師の正体であり、言い換えれば、村人にとって月こそ
が鶴瓶医師の象徴なのでしょう(太陽ほど「日なた」に出てこれない仰ぎ見る光としても、月が
妥当だとも言えます)。
 であればこそ、八千草さんが鶴瓶医師の失踪を知って夜空を見上げた際には、もうそこにはど
んよりとした雲がかかっていて、月の姿はどこにもないわけです。

 余談ながらはるか昔、鶴瓶さんが生理用品のCMで、月の格好をして「こんばんは、お月さん
です」なんてやっていたものがありました。
 ほぼ私と同年代の西川美和監督は、多感な時期にこのCMを観ていたはず・・・。
 よもやそのあたりに、月への投影の一因があるのでは・・・と考えるのは、邪推でしょうか。

 この鶴瓶医師の正体と言いますか、何を考えているのかという部分は劇中では明らかにされて
いませんが、親に対するコンプレックスと言いますか、自分のふがいなさに申し訳ないと思って
いる人物であろうとは思いますね。
 いい歳をして親を安心させられるだけの家庭・家族を持ち得ていない・・・という点で、私も
彼と同じ罪深さをどこかに感じます。

 過疎地域の医者不足であるとか、あるいは理想の医師像、死生観、または田舎社会の恐ろしさ
(冒頭、臨終を迎えそうになる老人のくだりがありますが、必ずしも蘇生対処を望んでいないよ
うに見える家族のシーンがヒリヒリします)など切り口はたくさんあり、どれもがいろいろと論
じることができますが、私的には鶴瓶医師の不可解で不条理ですらある人物像を観ているだけで
非常に堪能でき、また不定形の西川美和世界を実感することができると思います。

 以下、まったくの余談ですが、自分の実像と異なるレッテルを貼られる・・・という体験を、
今の職場で私も味わっております。
 英語を使うことの少なくない部署であり、手習い程度の英会話なら何とかなりますが、ビジネ
スの英語などで到底手も足も出ない私がなんで配属されたのかわからぬほどであります。
 毎日ヘレン・ケラーのような思いを味わい、いつ「ウォーターぁぁぁぁぁぁ!」と叫んでやろ
うかと思うほどなのですが、これがなかなか内外にわかってもらえない。
 部署内では「活発に英語でコミュニケーションを取っている」などと言われ、その実、やむを
得ず全身で喋るかのように会話している苦渋ぶりであり、一方で話している外国人その他からは
表現の適切でなさを指弾される状況なのですが、そういうあたりがぜんぜん伝わっていない。
 他部署などはさらにひどく、語学堪能な者が多く行くような、なかなか一般に行く者が少ない
部署なだけに「あいつは語学ができたんだ」「どうやら希望して異動したらしい」などと言われ
る始末。
 自分のしたことで風当たりが強くなるのは慣れっこなのですが、事実ではないことで勝手にレ
ッテルが貼られるのは誠にたまりません。
 で、最近は「1年で異動する」「この部署は合わない」ということを公言しているのですが、
「もう6月も終わりだから、あと9か月で異動する!」なんてずーっと言っていたがために、最
近は私、「余命9ヵ月の独身」などと言われております・・・トホホ。
 
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