「おやかた」の館:日本近代洋楽史情報交換所
*どうぞ自由に書きこんでください。ただし不適切と管理人が判断した発言は、断りなく削除する場合がありますので気をつけて下さい(^^)
Reload
投稿者
メール
題名
内容
<OBJECT>タグが利用可能です。
(詳細)
URL
[
ケータイで使う
] [
BBSティッカー
] [
書込み通知
] [
teacup.コミュニティ
]
投稿募集! スレッド一覧
スレッド作成
他のスレッドを探す
[PR]
求人営業
レンタルサーバー
甲信越・北陸の求人・転職
喫茶店群馬県
観葉植物
[
teacup.
] [
無料掲示板
] [
プレミアム掲示板
] [
teacup.コミュニティ
] [
ブログ
] [
チャット
]
【From teacup.】この掲示板は投稿が一定期間無いため、各記事中に広告を表示しています。
全36件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。
1
2
3
4
|
《前のページ
|
次のページ》
Wikipediaの「近衞秀麿」の項のこと
投稿者:
よしじゅん
投稿日:2006年 8月16日(水)02時17分15秒
今日
Wikipedia
でたまたま別の項を見たついでに、
近衞の項
も見たので、Wikiの項に対する私のスタンスを述べておきたいとも思います。かなり前から、Wikiの存在は知っていましたし、全然別な分野の項目(音楽分野ですらない)では補筆をしてもいます。
Wiki内の近衞の項についても、以前から知っており、外部リンクとして拙HP内のコーナーが紹介されてもいます(それに対して異議が出ていないことは私にとっては名誉なことです)。一方で、私自身はこれまで近衞の項について、補筆したことがありませんし、今後も補筆はしないつもりです。
Wikiの近衞の項に、いくつか違和感を感じる点はありますが、別に軽視および無視しているというわけではありません。まず、私はこのHPやここのBBSを基点に、近衞についての事実なり私の意見なりを自由に発信したいと思っているからです。次に、Wikiというのは、利用者のうち知識あるものが手を入れてどんどん改善していくべきものだと考えていますが、私が手を加えてしまうことで、近衞の項が“私”色のみに染まってしまうのではないかと恐れるからです。
私自身はそれなりに近衞について調査をして、それなりの資料を持ち、それに基づいた意見を持っています。しかしその私の意見がすべて正しいものとは、言い切れません。私がWikiの項に手を出し始めたら、“それなりの資料”に物を言わせて、異論を封殺して、項を私の意見に基づいたものしてしまう恐れがないとは言えません。
以上の理由から、私はWikiの近衞の項目に関してはこれまで直接関与したこともありませんし、今後とも関与するつもりもありません。もちろん私のHPを見て、第三者の立場からが補筆・改善すべきところを認めれば、それを行っていただくことに関しては歓迎いたします。
もってまわったやり方に見えるかもしれませんが、それがWikiの近衞の項の質向上につながるのではないかと思います。そのためには私自身も盛んに情報発信をしなければならないという責任もありますが。
re.ありがとうございます
投稿者:
イキチ
投稿日:2006年 8月12日(土)20時15分7秒
「前田?」の文字化けを修正しないで送信してしまいました。
「王」偏に「幾」で「たまき」と読むようです。
ありがとうございます
投稿者:
よしじゅん
投稿日:2006年 8月 9日(水)01時05分54秒
イキチさん>
わざわざお調べいただきありがとうございます。ご紹介いただいたような内容をどこかで読んだ記憶はあったのですが、すっかりN響の40年史だったに違いない(似たような回想を書いているのです)と思っていて、そっちを眺めておかしいなあとばかり思ってました…。
「音楽五十年史」は私の手元にある講談社学術文庫版だと下巻の163ページにこの記述が見られますね。
堀内自身は放送協会の内部にも居たことがある人ですから、証言としてはかなり信憑性が高いというのはご指摘の通りです。堀内の「音楽五十年史」は参考文献として挙がっているのですが…。
「前田?」は文字化けしてしまったようですね。「王」偏に「幾」という字で、新響初期のコンマスです。彼が新響を指揮した通俗名曲がパルロフォンにあったと記憶しています。
RE.「近衛シンフォニー・オーケストラ」について
投稿者:
イキチ
投稿日:2006年 8月 8日(火)20時48分59秒
確か堀内敬三が何か書いていたはずだと思い探していましたが、ようやく見つけました。
「音楽五十年史」P.230
「日本交響楽協会」も「近衛シンフォニー=オーケストラ」も同じもの。日本交響楽協会楽員中から12人位の小合奏をつくり映画館の奏楽でやる様な通俗曲を前田?指揮でよく放送し是はパレース=オーケストラと名乗り、また同じ連中がジャズバンドをやってオリエンタル=オーケストラと称し指揮者にCピーターなる架空の名を用いた。10月からは更に此の日本交響楽協会がJOAKオーケストラという名をも使用して管弦楽用の序曲や組曲や小品を放送した。管弦楽の回数が多かったので名前だけでも変えないと曲目の面に変化がつかなかったからである。海軍シンフォニー=オーケストラは海軍軍楽隊東京派遣員の研究楽団。
「音楽明治百年史」P.182
日本交響楽協会も近衛シンフォニーオーケストラも同じもの、管弦楽の回数が多いので曲目に変化をつけるために名前をいくつかに替えた。日響楽員の中から12人ぐらいの小合奏をつくりパレース・オーケストラと名づけ、同じ連中がオリエンタル・オーケストラというジャズ・バンドも作ってC・ピーターという架空人の指揮で放送した。10月からは日響・新響のメンバーがJOAKオーケストラを組織し管弦楽用の序曲や組曲や小品を放送した。海軍シンフォニー・オーケストラというのは東京派遣海軍軍楽隊の管弦楽団である。
当時の放送に携わっていた当事者の最も信憑性の高い証言です。
音楽評論家は演奏史はほぼ無知です
投稿者:
渡辺和
投稿日:2006年 7月 9日(日)17時21分17秒
近衛伝、そろそろ落ち着いてきたかな、という感じですね。批評などはまだこれからなのかしら。幸か不幸か、小生は結局、どこにもオフィシャルな批評はやりません。ぶっちゃけた話、某大手音楽出版社の編集者と「俺にやらせろ、ボコボコにするから」に近い酒飲み話をしたのですが、やっぱ、ボコボコってのは不味かったかな。
さても、仰るとおり、所謂音楽評論家という方々は、日本の演奏史についてはほぼ無知だと思っても間違いないでしょう。巖本真理弦楽四重奏団すら知らない、小澤征爾のN響騒動どころか日フィル分裂騒ぎすらも知らない、関心ない、という人が殆どです。
理由はいろいろあるのでしょうけど、なんにせよ、近衛について関心のある評論家、ジャーナリストは、よしじゅんさまのご存じのラインナップ程度しかおりませんよ。
ま、それはそれでしょーがないだろうなぁ、と小生は思っています。なんせ商売になりませんからね。こういう部分は、プロの評論家ではなく、在野研究者やら大学研究者やらがきちんとやるべきジャンルなんでしょう。
というわけで、なんのことはない、貴殿がガンバレ、というよしじゅんさまへのエールでありました。
といったところで総評
投稿者:
よしじゅん
投稿日:2006年 7月 8日(土)01時49分30秒
簡潔に言えば、これは人間・近衞伝であって、音楽家・近衞伝としてはあまり評価できないということが正直なところです。もちろん誰もが書かなかった近衞の評伝を初めて書かれた大野氏には敬意を表しますし、読み物として、近衞の人間像が浮かんでくるという点では、大変興味深いものかと思います。しかし音楽家・近衞を語るには問題が多すぎるのではないでしょうか。
いくつか挙げさせていただきましたが、他にも近衞のマーラー録音の評価が間違った事実に基づいてる、師匠の山田とそのパトロンであった岩崎が日本の交響楽運動に果たした役割を不当なまでな低評価で片づけている(大野氏は山田が交響楽運動への貢献も理由の一つとして朝日賞を受賞しているという事実をどうお考えなのか)など、いざ音楽関連の部分になると同意できない点がかなりあります。
これはどういうことなのかと考えたのですが、こういうことではないかなと思います。一つは大野氏の音楽に対する知識不足(これは通読したクラシック・ファンなら分かるかと思います)。それともう一つは、大野氏はあるスタンスで、物語を編んでいるのではないか?ということ。それはどういうことかというと、「近衞が今日低評価である→これには理由がある→それは近衞の血統、地位、才能に対する嫉妬が音楽界や彼の周辺に渦巻いてきたので、正当な評価を得られなかったのではないか?」という構図がこの本の底流にあるのではないかということです。
山田への極端な低評価(つまり山田を近衞の引き立て役としえ敢えて記述した)や、やっていない業績(チェレプニン賞、ローゼンの招聘など)が近衞のモノになっているなど勇み足的な評価が多いのはこう考えると理解できますし、そう考えて読んでみるとスッキリする部分がかなりあります。もしそうだとしたらこれでずいぶん歪められてしまった部分が多いように思います。
この本の書評を探していたら、某新聞に某音楽評論家が「客観的な近衛秀麿像を作り上げた」「著者は客観性を旨として」などと書いてあり、実は愕然としました。上に挙げたようなことから考えて、客観的というより恣意的とも言える部分があると思ったからというのと、もう一つは、音楽評論家という人たちも実は日本の音楽史に詳しくないんだなぁと思ったからでした。
ごめんなさい
投稿者:
よしじゅん
投稿日:2006年 7月 8日(土)01時01分49秒
大野氏の近衞評伝の間違いをページにまとめている余裕がちょっとありません(大野氏にも手紙を出したいと思っているのですが…)。もう数点ほど間違いではないかと思われる点を挙げて、総評をチョット書いておこうと思います。
1、チェレプニン賞(241ページ)
〔1935年〕その間、秀麿とNHKは、二月に来日したピアニスト兼作曲家のチェレプニン賞の名を冠した作曲賞を創設した。
チェレプニン賞に関してはそれほど詳しくないのですが、この賞はチェレプニン自らが行ったものであり、私の知る限り近衞もNHKもチェレプニン賞の制定に関わったという事実はないと思います。直後に「受賞作は新響が演奏するという新人作曲家の登竜門である。」とありますが、受賞作として有名な伊福部の日本狂詩曲はファンの間では有名ですが、初演はアメリカで行われています。これは何か勘違いの可能性が高いです。
2、松坂屋シンフォニー(中央交響楽団)との関係(248ページ)
「早川は、そこに常任指揮者として秀麿を招こうとしたのである。」指揮者として招聘されたという報道はありますし、実際振っているわけですが、「常任指揮者」という役職として
招かれたという報道などは、私自身まったく見たことがなく、根拠が不明です。
ちなみに35年に新響と決別後に、宝塚交響楽団と、大阪で臨時編成のオケ演奏会を開いているはずなのですが、中央交響楽団の話だけを取り上げて、大野氏は上記の演奏会についてはまったく触れていません。けっこう重要な事実だと思うのですが。ご存じないのではないかと思います。
3、ローゼンストックの招聘(241ページ)
「夏に来日するジョセフ・ローゼンストックらを、どこの楽団で演奏させるかという問題もある。」
これも間違いではないでしょうか。当時の関係者の回想を呼んでも、ローゼンストックの自伝を読んでも、ローゼンの来日に近衞が関係していたということは全く書かれていません。これはおそらくですが、ユダヤ人・クロイツァーを近衞が日本に招聘したということから、大野氏は憶測でローゼンもユダヤ人であるからそうであったに違いないという思い込みで書いたのではないのでしょうか。
面白かったこと
投稿者:
よしじゅん
投稿日:2006年 7月 4日(火)01時58分45秒
メンバー表作成のおかげでいくつか分かったことがあります。
1、異動は弦楽器ことにヴァイオリン次いでヴィオラに多い。
第1&第2ヴァイオリン間での異動は日常茶飯事です。今日の採用形態からすると、第1ヴァイオリンで採用されれば、ずっと第1ヴァイオリンとして勤務するわけですが、この頃は違います。オケ内でコンクールをやって、それを下に席次を決めたとか言う、記述を読んだことがあるのですが、まさにそれです。わりと頻繁に席次&パートの異動が起こっています。ヴィオラもヴァイオリンで程ではないですが、次に異動が多いです。ヴァイオリンからヴィオラへの異動もありです。ちなみにチェロの異動が少ないのは、トップがトウサイできちっとまとめていたからという気がしないでもありません。
2、弦楽器→管楽器という異動もある。
今日のオケでこんな異動はありえません。が、当時はありえた話。当時のオケマンは、三越少年音楽隊をはじめとした、少年音楽隊出身の人も多いですが、彼らは実は弦楽器と管楽器を在隊時に両方習得していたりする。弦管どっちもそこそこの腕を持っていたわけです。というわけで、弦・管両方を兼任して在団というのがありえます(軍楽隊も両方やらされます)。曲目次第で、弦になったり管になったりするわけです。
それと今回メンバー表のついでに、楽員の出自が当時の資料できちっと書かれているものを添えておきました。日本最初の常設オケマンたちがどのような出自かを理解するためによい材料になるかと思います。
何かの役に立つはず…たぶん
投稿者:
よしじゅん
投稿日:2006年 7月 4日(火)01時40分18秒
突然ですが、新コンテンツを建てました。
題して「戦前・新交響楽団メンバー表」。
つまり戦前の新響(要は現N響ですが)のメンバー表を作成しました。今回はコロナ事件までです。次回は昭和10年のいわゆる「大改組」まで、最終回は戦前最終号の「フィルハーモニー」(当時は違う名称でしたが)までを予定しています。なんか見にくい感じはしますが、この辺は追々なおしていきたいと思います。
思いたったのは、とある楽員の入団時期が知りたかっただけなのですが、日本最初の常設シンフォニー・オーケストラの初期のメンバー表を作成することは、日本のオーケストラ史を調べる上で重要であろうということから、戦前部分を全部作ろうと決心しました。
一つ注意書きですが、新響の機関誌『フィルハーモニー』の「●年△月号」時点の掲載を基本にしています。基本的には△月号はその△月の定期演奏会の曲目解説として定期会員に送られる性質(1929年からは音楽雑誌として店頭売りもしていますが)のものなので、△月の前月の末くらいまでに、会員の下へ発送されます。ということは、それより前に脱稿するので、概ね△月の一月前の月のデータということです。ちょっとややこしかったかな…。
遅レスですが
投稿者:
よしじゅん
投稿日:2006年 7月 4日(火)01時04分12秒
たいちさま>
貴重なお話ありがとうございました。あの演奏会のために一年前から、練習していたとは、一部畑中良輔などプロが混じってはいますが、有職者の社会人が多かったのですね。それもお母さまはパパゲーナとは大役ですね。
以上は、新着順11番目から20番目までの記事です。
1
2
3
4
|
《前のページ
|
次のページ》
/4
新着順
投稿順